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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)484号 判決

控訴人 大阪産業信用金庫

被控訴人 破産者 甲野部品工業有限会社こと甲野太郎破産管財人 滝敏雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  甲野太郎(以下「甲野」という)は、甲野部品工業有限会社の名称で自動車部品の販売業を営んでいたが、昭和五五年四月一七日大阪地方裁判所で破産宣告を受け、被控訴人がその破産管財人に選任された。

2(一)  甲野は控訴人に対し、昭和五四年一二月二九日に別紙約束手形目録番号1、2各記載の約束手形二通(以下同目録記載の各約束手形を同目録の番号により、例えば「1の手形」の如く表示し、また同目録記載の全部の手形を一括して表示するときには「本件各手形」と表示する)を、昭和五五年一月二六日に3ないし7の各手形五通を、同月二九日に8、9の各手形二通を、同年二月二六日に10ないし12の各手形三通を、いずれも右各手形金の取立を依頼して裏書交付した。

(二)  被控訴人は控訴人に対し、同年七月一七日到達の内容証明郵便にて、本件各手形について取立の終了したものについては取立金を、また取立未了のものについては手形そのものを、同月二二日までに被控訴人に支払い、または返還するよう催告した。

(三)  控訴人は同年八月七日までに本件各手形金合計八九六万八〇三九円を取立てたが、うち甲野に対する破産宣告前に取立てた5、7の各手形金合計五一〇万八〇〇円については準委任契約に基づく受任者たる控訴人の受取物引渡義務(民法六四六条、六五六条)により、また右破産宣告後に取立てた1ないし4、6、8ないし12の各手形金合計三八六万七二三九円については委任者たる甲野の破産によつて準委任契約が終了し(同法六五三条)、右各手形の管理、処分権が破産管財人たる被控訴人に専属するに至つたので(破産法七条)、控訴人が右各手形金を取立てずに右各手形そのものを被控訴人に引渡すべきであるにもかかわらず、これを取立てて取得しているので、不当利得の返還義務により、いずれも被控訴人に支払うべき義務がある。

3(一)  甲野は昭和五五年三月四日控訴人との間で、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)について、極度額二〇〇〇万円の根抵当権設定契約及び停止条件付賃貸借契約(以下右各契約を「本件根抵当権等設定契約」という)を締結し、大阪法務局西出張所同日受付第二五八号をもつて根抵当権設定登記及び同出張所同日受付第二五九号をもつて停止条件付賃借権設定仮登記(以下右各登記を「本件各登記」という)をそれぞれ経由した。

(二)  甲野は、1記載のとおり自動車部品の販売業を営み、右業界では大手の株式会社ヤマベ(以下「ヤマベ」という)やその系列に属する株式会社コーリン(以下「コーリン」という)、株式会社共商(以下「共商」という)、北海エース有限会社(以下「北海エース」という)などと取引をして来たが、昭和五五年二月二九日コーリン及び共商が、同年三月四日ヤマベが、同月五日北海エースが相次いで倒産したため、右四社に対する同年二月二九日現在の売掛金合計二億二四九二万円の回収が不能となつた。右回収不能額は甲野の全取引債権額の約九〇パーセントを占めるものであつて、甲野も同年三月四日当時支払不能の状態に陥り、店舗を閉鎖し、同月二二日債権者である淡路縫工所こと高島茂太から破産の申立を受けた。

(三)  ところで甲野は同年二月二九日コーリンの倒産を知り、同年三月一日控訴人からコーリン振出の手形で控訴人が割引いていたもの約二五〇〇万円の買戻を請求されたのに対してヤマベ振出の手形(金額二六二九万九八二五円、満期同年五月二八日)の割引を控訴人に懇請したがこれを断わられたうえ、当日(即ち同年三月一日)控訴人から甲野が取立を委任して控訴人に預託中の全部の手形につき譲渡担保契約を締結することや甲野所有の唯一の不動産である本件建物に本件根抵当権等設定契約を締結することのほか甲野とその妻子名義の合計三九〇〇万円の定期預金証書の引渡を要求されたので、右各担保契約などをすれば、後には売掛債権約六〇〇万円と在庫品一〇〇万円程度が残るのみで他の債権者(届出債権額一億九一五六万九〇八三円)への配当が微々たるものとなつて不公平となり債権者を害することを知りながら、又は甲野の義務に属しない行為であるにもかかわらず、同月三日本件各手形の譲渡担保契約を締結し、本件建物に本件根抵当権等設定契約を締結したものである。そこで、被控訴人は本訴により破産法七二条一号又は四号に基づき本件根抵当権等設定契約につき否認権を行使する(本件各手形の譲渡担保契約についての否認権の行使については再抗弁2)。

4  よつて被控訴人は控訴人に対し5、7の各手形取立金と不当利得金との合計金八九六万八〇三九円及びこれに対する被控訴人の催告による右金員の支払期限の後であり12の手形の最終取立日の翌日である昭和五五年八月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、ならびに本件建物につきなされた本件各登記の否認登記手続を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、及び2の(一)(二)の各事実は認める。

2  同2の(三)の事実のうち控訴人が昭和五五年八月七日までに本件各手形金合計八九六万八〇三九円を取立てたことは認めるが、主張は争う。

3  同3の(一)の事実は認める。

4  同3の(二)の事実のうち、コーリン、共商、ヤマベ、北海エースが倒産したことは認めるが、その余は否認する。

5  同3の(三)の事実は否認し主張は争う。

三  抗弁

1(一)(1) 控訴人は、昭和五二年一月二七日、甲野との間で、次のとおりの条項を含む信用金庫取引約定(以下「取引約定」をいう。なお同年一一月二五日控訴人と甲野との間で同約定の一部変更を合意したが、次の各条項については変更はない)を締結し、同約定に基づいて甲野に対し手形割引、証書貸付等の信用金庫取引を行つて来た。

ア  甲野は、債権保全のため必要と認められるときは、請求によつて直ちに控訴人の承認する担保もしくは増担保を差し入れまたは保証人をたてもしくはこれを追加する(取引約定四条二項)。

イ  甲野が控訴人に対する債務を履行しなかつた場合には、控訴人が占有している甲野の手形は控訴人において取立てまたは処分することができ、その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当できる(同約定四条四項)。

ウ  甲野について破産の申立があつた場合には控訴人から通知催告がなくとも甲野は控訴人に対するいつさいの債務について期限の利益を失い直ちに債務を弁済する(同約定五条一項)。

エ  甲野について破産の申立があつた場合には、甲野は控訴人が甲野から割引いた全部の手形について控訴人から通知催告等がなくても当然手形面記載の金額による買戻義務を負担し、直ちにその弁済をする(同約定六条一項)。

(2) 控訴人は、甲野から割引いたコーリン振出の手形が不渡りになつたことを昭和五五年二月二九日に知り、甲野との間の将来の信用金庫取引を継続して行ううえで債権保全の必要が生じたため、取引約定四条二項に基づいて、甲野に対し担保の差し入れを要求し、同年三月一日甲野との間で控訴人の甲野に対する債権の担保として本件各手形を譲り受ける旨の譲渡担保契約を締結し、更に本件建物について本件根抵当権等設定契約を締結した。

(3) また取引約定四条四項は甲野所有の手形が控訴人の占有に移つた時に甲野の債務不履行を停止条件とする右手形の譲渡担保契約もしくは質入契約が成立する旨をあらかじめ合意するものであるところ、控訴人は甲野から取立委任を受け本件各手形の裏書交付を受けてこれを占有していたものであるから、右各手形の交付を受けた日に右約定に従つて停止条件付担保契約が成立したこととなる。ところで甲野は同年三月二二日破産申立を受けたことによつて取引約定五条一項、六条一項により控訴人に対する全債務について期限の利益を失い、また控訴人が甲野から割引いた全部の手形について甲野に買戻債務が生じ、同日の経過によつて右全債務につき履行遅滞となつたので、右停止条件が成就し控訴人は本件各手形の上に担保権を取得した。

(4) 仮に取引約定四条四項が直ちに担保権設定の約定とは認められないものであるとしても、右約定は、少くとも、甲野が債務不履行をした場合においては、控訴人において、甲野から取立委任を受けた手形について、取立委任契約上の義務の履行としてではなく、控訴人自らの権限として、右手形を取立てこれによる取立金を甲野の控訴人に対する債務に充当し得ることを定めたものである。したがつて、控訴人は本件各手形について取引約定四条四項に基づく権限の行使として手形の取立を行い右取立金を甲野の控訴人に対する債務に充当し得る権限を有するものである。

(二) 控訴人は本件各手形につき次の(1) ないし(5) のとおりの理由によつて商事留置権を有する。

(1)  控訴人は信用金庫法に基づいて設立された信用金庫であるが、商法の適用においては商人と解すべきである。

商人とは自己の名をもつて商行為を業とする者をいう(商法四条一項)のであり、また「業とする」とは営業とする意味であつて、利益を得る目的、即ち営利の目的をもつて同種の業務を継続的集団的になすことをいい、営利とは収支が相償うことを目的とすることである。

信用金庫は信用金庫法五三条所定の事業を行う金融機関である。右事業は他人から資金を取得する受信業務(同条一項一号)とそれを貸付ける与信業務(同項二号、三号)及びその他の公共の金融機関としての業務からなつており、右受信業務及び与信業務は商法五〇二条八号の「銀行取引」にほかならない。また本件における本件各手形の取立や手形の割引はいずれも同法五〇一条四号の「手形ニ関スル行為」と解すべきものである。

信用金庫は形式的には協同組合たる性格を有しているが、金融機関としての協同組合の典型である中小企業等協同組合法に基づく信用協同組合とは異つた特色を有し、実質的には営利事業を行うものと解すべきものである。即ち、信用金庫は、広く国民大衆のための組織であり(信用金庫法一条。商人たる相互銀行に関する相互銀行法一条にも同旨の規定がある)、資本充実の要請から出資金の最低限度額が法定され(信用金庫法五条)、会員の自由脱退の場合には持分全部の譲渡によることとして(同法一六条)出資金の減少を防止する措置がとられ、預金等の受入れの受信業務は会員以外の者もその対象としており(同法五三条一項一号)、また貸付等の与信業務も一定の範囲で会員以外の者をもその対象としている(同条二項)。換言すれば、信用金庫は、会員外の者も含めて一般大衆から預金等を受入れ、これを資金として会員及び法で認められる者に対して貸付け等の与信業務を行うとともに、会員及び会員外の者からの依頼によつて手形、小切手の取立等の業務を行う金融機関である。そして信用金庫法は一般大衆である預金者等の保護をもその目的として(同法一条)制定されたものであり、信用金庫はその受信、与信の業務その他の業務を会員の利益を増進することよりはむしろ一般大衆である預金者らの保護のために、少くとも収支相償うことを目的として行わなければならないというべきである。

以上によれば、信用金庫は実質的には相対的商行為たる「銀行取引」(商法五〇二条八号)及び絶対的商行為たる「手形ニ関スル行為」(同法五〇一条四号)を収支相償うことを目的として、つまり業として行う金融機関たる法人であると解すべきものである。そしてまた信用金庫がその業務を業として行うものであることは、信用金庫法が六条二項で「金銭の貸付その他政令で定める投資を業として行う者はその名称中に金庫の文字を用いてはならない」と規定していること、信用金庫法は営利事業の禁止規定を置いていないこと(農業協同組合法八条、消費生活協同組合法九条には明文で営利事業を禁止しており、また中小企業等協同組合法五条には組合はその行う事業によりその組合員に直接の奉仕をすることを目的とする旨の規定がある。)等からもうかがえるものである。

(2)  甲野は自動車部品の販売を業とする者で、商人である。

(3)  別紙手形買戻請求権の表示(一)、(二)各記載の約束手形三通(以下この約束手形三通を「本件コーリン振出手形三通」という)の割引は商行為に該当する(商法五〇一条四号、五〇二条八号)。

(4)  本件コーリン振出手形三通の買戻請求権は遅くとも甲野に対する破産申立時である昭和五五年三月一六日に弁済期が到来したものである(取引約定六条一項)。

(5)  控訴人は商行為たる手形の取立依頼及び裏書(商法五〇一条四号)によつて、本件各手形の占有を取得したものである。

(三) 控訴人は右(一)(2) の譲渡担保権、または同(3) の担保権、または同(4) の取立充当権、または右(二)の商事留置権のいずれかに該当するものとして本件各手形を順次取立てて仮受金とし、このうち8の手形の取立金四〇万円のうち金一一万三六七〇円を本件根抵当権等設定費用として控訴人が立替えた金員に充当し、その残余である金二八万六三三〇円と1ないし7、9ないし12の各手形の取立金八五六万八〇三九円との合計八八五万四三六九円を昭和五六年二月七日別紙手形買戻請求権の表示(一)記載の請求権の弁済に充当し、その旨同日付内容証明郵便にて被控訴人に通知した。

2 仮に控訴人が本件各手形の取立金の返還義務を負うものであるとしても、右債務は次のとおり相殺によつて消滅した。

控訴人は昭和五七年七月二八日の原審における第八回口頭弁論期日において被控訴人に本件コーリン振出手形三通を呈示したうえ、右手形三通の買戻請求権を自働債権とし本件各手形取立金返還請求権金八九六万八〇三九円を受働債権として対当額(別紙手形買戻請求権の表示(二)参照)で相殺する旨の意思表示をした。

3 控訴人は1の(二)の本件手形の譲渡担保契約や本件建物についての本件根抵当権等設定契約の締結当時、コーリン振出の約束手形が不渡りとなつたが、共商やヤマベが危機状況にあることを知らず、控訴人が取引を継続すれば甲野は十分もちこたえられると考えて右各担保を差し入れさせたものであつて、破産債権者を害することを知らなかつた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の(一)、(二)の各事実は否認する。

2  同1の(三)の事実のうち控訴人が被控訴人に対して充当の通知をしたことは認めるが、その余の事実は争う。

3  同2の事実のうち控訴人が昭和五七年七月二八日の原審における第八回口頭弁論期日において被控訴人に対し本件コーリン振出手形三通を呈示したことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

4  同3の事実は否認する。

五  再抗弁

1  仮に控訴人と甲野との間で本件各手形につき譲渡担保契約が締結されたとしても、右契約は一般債権者を欺くために控訴人が甲野と通謀してなした虚偽の意思表示によるもので無効である。

2  仮に右主張が認められないとしても、控訴人と甲野との間の本件各手形の譲渡担保契約は昭和五五年三月三日に締結されたものであるところ、甲野の右行為は既に主張したとおり(一3(三))、甲野が債権者を害することを知りながら、又は甲野の義務に属しない行為であるにもかかわらず行つたものであるから、被控訴人は本訴において破産法七二条一号又は四号により右譲渡担保契約を否認する。

3  控訴人は、1ないし4、6、8ないし12の各手形を破産宣告後に取立てて破産財団に対して不当利得の返還債務を負担するに至つたものであり、また5、7の各手形を甲野に対する破産宣告申立後に同申立のなされたことを知りながら取立て、右破産財団に対して右取立金返還債務を負担するに至つたものであるから、右各債務を受働債権とする相殺は許されない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実は否認する。本件各手形は甲野が危機状態に入る前に甲野から通常の譲渡裏書を受けて控訴人が所持していたものである。

3  同3の事実は否認する。

七  再々抗弁

1  控訴人は、本件各手形につき、甲野の支払の停止もしくは甲野に対して破産の申立がなされたことを知つた時より前である昭和五四年一二月二九日から昭和五五年二月二六日までの間に取立委任を受け通常の譲渡裏書を受けて占有を開始し、右取立委任契約上の受託者として右各手形の取立義務ならびに取立てた手形金の支払義務を負担したものである。したがつて、控訴人の右支払義務は控訴人が甲野の支払停止もしくは甲野に対する破産の申立がなされたことを知つた時より前に生じた原因に基づくものであるというべきであり、破産法一〇四条二号但書に該当するから、控訴人は右債務を受働債権として相殺をなすことを妨げられるものではない。

2  また仮に取引約定四条四項をもつて直ちに担保権設定の約定とは認められないものであるとしても、右四条四項は少くとも信用金庫の取引先に債務不履行の事由がある場合には信用金庫において右取引先から取立委任を受けた手形について取立などをなす権限を信用金庫に付与したものであり、信用金庫はその場合委任契約上の義務としてではなく取引約定四条四項に基づく信用金庫の取立て処分権限の行使として取立てをすることになるものと解せられる。そして取引約定五条一項によれば取引先について支払の停止または破産等の申立があるときは、取引先は信用金庫に対するいつさいの債務について当然期限の利益を失い、直ちに信用金庫に対して債務を履行すべきものであるから、取引先が右債務を履行しない場合には信用金庫は取引約定四条四項により取立委任手形について取立て処分権限を取得し、右権限に基づいて取立てた手形金により取引先の信用金庫に対する債務を相殺し得ることを当然に期待するものであつて、斯様に相殺し得るとの信用金庫の信頼は保護されるべきものである。

本件においても、本件各手形についての取立委任は甲野と控訴人との間の取引約定四条四項、五条一項を前提としてなされたものであるから、控訴人は甲野について支払停止又は破産等の申立などがあるときは右各手形の取立金と甲野の控訴人に対する債務を当然相殺し得ることを期待し右各手形について取立委任契約に基づく債務を負担したものであつて、かかる控訴人の信頼は保護されるべきものである。そうすると右各手形の取立委任契約は破産法一〇四条二号但書にいう破産債権者が支払の停止もしくは破産の申立がなされたことを知つた時より前に生じた原因にあたるというべきである。

3  また信用金庫が取引先から手形の取立委任を受けた場合に右取引先との間に取引先が右手形の取立委任を撤回し得ない旨の特約があるなど手形取立金返還義務を受働債権とする相殺の担保的機能についての信頼を保護すべき事情の存する場合には破産法一〇四条二号但書に該当して相殺が許されるものであるところ、本件においては甲野と控訴人との間の取引約定四条四項、五条一項により、甲野について支払停止または破産等の申立などの事由があるときは控訴人は本件各手形についての取立処分権限を取得し、甲野の依頼があつても右各手形を返還しない旨を約しているものであるが、これは甲野が本件各手形の取立委任を撤回し得ない旨の特約と解すべきものであるから、控訴人の本件各手形の取立金返還債務は破産法一〇四条二号但書に該当するものとして相殺が許されるものというべきである。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁1ないし3の各事実及び主張は争う。

第三証拠

当事者双方の証拠の提出、援用、認否は、原審訴訟記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、それをここに引用する。

理由

一  請求の原因につき判断する。

1  請求の原因1の事実については当事者間に争いがない。

2  控訴人の本件各手形の取立金等の支払義務について判断する。

請求の原因2の(一)、(二)の各事実、及び同(三)の事実のうちの控訴人が昭和五五年八月七日までに本件各手形金合計八九六万八〇三九円を取立てたことについてはいずれも当事者間に争いがない。

当事者間に争いがない右各事実と弁論の全趣旨とを総合すると、控訴人は、甲野から昭和五四年一二月二九日1、2の各手形金の、昭和五五年一月二六日3ないし7の各手形金の、同月二九日8、9の各手形金の、同年二月二六日10ないし12の各手形金の、各取立委任を受けると共に本件各手形の裏書交付を受け、甲野が破産宣告を受けた同年四月一七日までに5、7の各手形金合計五一〇万八〇〇円を、またその後の同年八月七日までに1ないし4、6、8ないし12の各手形金合計三八六万七二三九円をそれぞれ取立て、被控訴人から同年七月一七日到達の内容証明郵便にて本件各手形について取立の終了したものについては取立金を、また取立未了のものについては手形そのものを同月二二日までに被控訴人に支払い、または返還するよう催告を受けながら、右各取立金を被控訴人に支払つていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、手形金の取立委任は準委任として委任者の破産によつて終了するものであるところ(民法六五六条、六五三条)、右認定の事実によれば控訴人は5、7、の各手形金を甲野の破産による取立委任の終了前に、また1ないし4、6、8ないし12の各手形金を右破産による取立委任の終了後に、それぞれ取立てたものであることが明らかである。そうすると控訴人は、右各取立金の返還を拒み得る事由がない限り、5、7の各手形の取立金合計五一〇万八〇〇円についてはその各手形の取立委任における受任者の受取つた金銭の引渡義務(民法六五六条、六四六条)により、また1ないし4、6、8ないし12の各手形の取立金合計三八六万七二三九円については取立委任の終了後に取立権限のないまま取立ててそのまま取得することによつて甲野の破産財団に損失を与えているのであるから、不当利得の返還義務により、いずれも被控訴人に支払うべき義務があるというべきである。

3  本件建物についての本件根抵当権等設定契約に対する否認権行使の当否につき判断する。

(一)  請求の原因3(一)の事実については当事者間に争いがない。

(二)  右争いのない事実と成立に争いのない甲第三、第四号証、第五号証の一、第六ないし第八号証、乙第四、第五号証、証人甲野太郎の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証、乙第一、第二号証、第三号証の一ないし五、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第一〇号証、同証人の証言、証人小寺哲男の証言の一部を総合すると、

(1)  甲野は昭和五二年一月二七日控訴人との間で、控訴人との間の手形貸付、手形割引、証書貸付、当座貸越、債務保証その他いつさいの取引に関連して生じた甲野の債務の履行について適用される取引約定を締結し、控訴人は右約定に従つて甲野に対し手形割引、証書貸付などの信用金庫取引を行つて来たが、取引約定の中には次の各約が含まれていること(なお同年一一月二五日控訴人と甲野との間で取引約定の一部について変更の合意がなされたが、次の各約については変更されなかつた)、

ア 甲野は控訴人の甲野に対する債権保全を必要とする相当の事由が生じたときは、請求によつて直ちに控訴人の承認する担保もしくは増担保を差し入れる旨(取引約定四条二項)、

イ 甲野が控訴人に差し入れた担保はかならずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法、時期、価格等により控訴人において取立または処分のうえ、その取立金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当できる旨(同条三項)、

ウ 甲野が控訴人に対する債務を履行しなかつた場合には控訴人の占有している甲野の手形は控訴人において取立または処分することができるものとし、この場合もすべて右三項に準じて取扱うことに同意する旨(同条四項)、

エ 甲野について支払の停止または破産の申立があつた場合には控訴人から通知催告等がなくても控訴人に対するいつさいの債務について当然期限の利益を失い、甲野は直ちに債務を弁済する旨(同五条一項)、

オ 甲野が手形の割引を受けた場合、甲野について支払の停止または破産申立があつたときは全部の手形について、また手形の主債務者が期日に支払わなかつたときはその者が主債務者となつている手形について、控訴人から通知催告等がなくても当然手形面記載の金額の買戻義務を負い直ちに弁済する旨(同六条一項)、

の各約が含まれていること(以下取引約定については右各条項により表示する)、

(2)  甲野は昭和五二年初めごろから自動車部品業界では大手のヤマベと取引するようになり、ヤマベの系列に属するコーリン、共商、北海エースとも取引を始めたが、右四社その他の取引先から売掛代金の支払のため取得したすべての手形を控訴人に取立委任して裏書交付し、控訴人は右手形を満期に取立てて右取立金を甲野の控訴人福島支店の当座預金口座へ入金し、また甲野の依頼によつて甲野の資金繰りの都合で必要となる都度、右取立委任を受けて甲野から預つていた手形を満期前に順次割引いていたこと、

(3)  甲野の右四社との取引総額は昭和五五年三月初め当時には甲野の総取引額の八五パーセント以上を占めるようになつていたこと、

(4)  コーリンは昭和五四年四月末頃その大手の仕入先であるヤマベからその副社長である神谷三夫が会長として出向して来たり、同年五月からヤマベの資金援助を受けるなどして営業を続けていたが、ヤマベ自体の経営が悪化するに至つてコーリンに対する援助が打切られたことから昭和五五年二月二八日と二九日とに手形を不渡りとして銀行取引停止処分を受けて事実上倒産したこと、

(5)  甲野は控訴人から割引を受けていたコーリン振出の約束手形が同日不渡りとなつたことから、同日夕方コーリンの倒産を知り、控訴人から割引を受けていたコーリン振出の手形合計二五〇〇万円の買戻資金が必要となつたので、同年三月一日控訴人に対し取立を委任して控訴人に裏書交付していたヤマベ振出にかかる金額二六二九万九八二五円の約束手形を割引いて欲しい旨依頼したが(なお、甲野はそれまでに控訴人からヤマベ振出の約束手形の割引を断わられたことは一度もなかつた)、控訴人の福島支店店長小寺哲男は、同年二月二九日夕刻にはコーリンが倒産したことを聞知していたものであるところ、甲野の右手形割引の申入に応ずることなく、同年三月一日甲野に対しコーリンが倒産したのでコーリン振出の約束手形の買戻を請求すると共に、取引約定四条二項に基づき控訴人に対する全債務の担保として本件各手形を含む控訴人が甲野から取立委任を受けて預かり保管中のすべての手形を譲渡し、甲野所有建物に本件根抵当権等を設定するほか、甲野とその妻子名義の合計約四〇〇〇万円の定期預金を譲渡担保とするため右預金証書全部の交付を求めたこと、

(6)  甲野は同月三日右申入に応じて控訴人との間で本件各手形を含む約束手形二二通金額合計六七六二万四五二六円につき譲渡担保契約を締結するとともに甲野とその妻子名義の定期預金証書全部を控訴人に交付し、同月四日控訴人との間で甲野所有の本件建物につき本件根抵当権等設定契約を締結して本件各登記を経由したこと、

(7)  甲野は控訴人の右担保差し入れの申入に応じた場合には、甲野に残された財産は六〇〇万円余の売掛金と売却評価額が一〇〇万円位の在庫商品だけとなつて殆んどすべての財産が控訴人に担保として差し入れられることになり、倒産することになれば控訴人以外の債権者には殆んど弁済し得なくなることを十分承知していたが、控訴人の申入を拒否して金融取引を打切られれば倒産することは確実であるし、コーリンやその主たる取引先であつたヤマベ(甲野はコーリンがヤマベからその取締役副社長の神谷三夫を会長として派遣され、その支援の下に営業しているヤマベとは密接な関係にあることを知つていた)が倒産すれば甲野の連鎖倒産も避け難いがその場合でも控訴人には迷惑をかけたくないとの気持もあつたところから、控訴人の右申し入れに応じたこと、

(8)  ヤマベは昭和五五年三月四日会社更生手続開始の申立をして事実上倒産し、共商は同月五日に、北海エースは同月六日に、相次いで倒産し、また甲野は同月四日債権者の追及を避けるため閉店し、同月五日コーリン、ヤマベ、共商、北海エースに対する売掛金二億二〇〇〇万円余を回収し得ない状況となり、支払不能の状態に陥つて事実上倒産し、同月二二日債権者である淡路縫工所こと高島茂太の大阪地方裁判所に対する破産の申立によつて、同年四月一七日破産宣告を受けるに至つたこと、

以上の事実が認められ、証人小寺哲男の証言のうち右認定に反する部分は信用し難く他に右認定を覆するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、甲野は本件各手形の譲渡担保契約、本件建物についての本件根抵当権等設定契約を締結した当時コーリンが倒産したことを知り、かつコーリンとその支援者であるヤマベとの密接な関係や従来ヤマベ振出の約束手形を割引いていた控訴人が昭和五五年三月一日及び三日には甲野が依頼したヤマベ振出の金額二六〇〇万円余の約束手形の割引に応じなかつたことなどから、ヤマベ及びその系列会社である共商等の経営危機を予測し、甲野の主要取引先であるコーリンとヤマベが倒産すれば甲野も倒産することは避け難く、この場合には控訴人に対する右担保供与によつて甲野に残された財産が殆んどなくなり、控訴人以外の他の債権者へ弁済する余地が少くなることを十分に知りながら、従来の控訴人との密接な取引関係から控訴人にだけは迷惑をかけないようにしたいとの意図をもつて、あえて右各担保供与行為をするに至つたものと解し得るところである。

そうすると甲野と控訴人との間の本件建物についての昭和五五年三月四日付本件根抵当権等設定契約(及び本件各手形についての同年三月三日付譲渡担保契約)はいずれも甲野が破産債権者を害することを知つてなした行為に該当するというべきである。

二  抗弁につき判断する。

1(一)(1) 控訴人と甲野との間で控訴人主張の取引約定が締結されたことについてはすでに認定したところである。

(2) そして、前に認定の事実によれば、抗弁1(一)(2) の主張事実のうち、控訴人が甲野との間の将来の信用金庫取引を継続して行くためであるか否かはさて措いて、甲野の控訴人に対する債務の担保として控訴人が取引約定四条二項に基づいて甲野との間で昭和五五年三月三日本件各手形につき譲渡担保契約を、また同月四日本件建物につき本件根抵当権等設定契約を締結したことが明らかである(右各契約締結の日が同月一日である旨の控訴人の主張に副う証人小寺哲男の証言は信用し難いところである)。

(3) 控訴人は取引約定四条四項は甲野所有の手形が控訴人の占有に移つた時に甲野の債務不履行を停止条件とする右手形の譲渡担保契約もしくは質入契約が成立する旨をあらかじめ合意したものである旨主張するが、同項はその文言自体からしても直ちに控訴人主張の如き担保権設定契約のあらかじめの合意とは解し難く、後に説示するとおり、控訴人が甲野の取立委任その他の権原に基づいて占有している甲野の手形を取立または処分して得た金員を甲野の控訴人に対する債務の弁済に充当することができる旨を約したものであるに過ぎないものと解せられるところであるから、右と異なる見解に立つ控訴人の抗弁1(一)(3) の主張は失当である(なお控訴人と甲野との間で取引約定四条四項につき控訴人主張の停止条件付譲渡担保契約もしくは質入契約を締結する旨の内容を含ましめるための別の約定が締結されたことを認め得る証拠はない)。

(4) 右(3) に説示したとおり、取引約定四条四項の解釈上控訴人がその抗弁1(一)(4) において主張するところはそのかぎりにおいて相当である。

(二) 控訴人は抗弁1(二)において、控訴人は信用金庫法に基づいて設立された信用金庫であるが商法の適用においては商人と解すべきものであることを前提に、他の要件と相俟つて、本件各手形について商事留置権(商法五二一条)を有する旨主張する。 しかしながら信用金庫は自然人ではなく信用金庫法によつて設立される法人(同法二条)であり、会社(商法五二条、有限会社法二条。なお銀行法五条、相互銀行法五条参照)とは異つて商人性を有するものとして規定されていないので商人とは解し得ないところである。そうすると信用金庫を商法の適用においては商人と解すべきものとし、これを前提にして控訴人が本件各手形について商事留置権を有する旨の控訴人の主張は失当のものというべきである。

(三) 控訴人は、本件手形についての昭和五五年三月一日の契約に基づく譲渡担保権、または取引約定四条四項を根拠とする停止条件付譲渡担保契約もしくは質入契約に基づく担保権、または同項を根拠とする取立等の権限、または商事留置権のいずれかに該当するものとして本件各手形を順次取立てて仮受金とし、このうち8の手形の取立金の一部を控訴人が立替えた本件根抵当権等設定費用に充当した残金と1ないし7、9ないし12の各手形の取立金との合計金を昭和五六年二月七日別紙手形買戻請求権の表示(一)記載の請求権の弁済に充当しその旨被控訴人に通知した旨主張する。

(1)  しかし、前に説示したとおり、本件各手形について取引約定四条四項を根拠とする停止条件付譲渡担保契約もしくは質入契約に基づく担保権、及び商事留置権は発生し得ないものであるから、これらの担保権の存在を前提とする弁済充当の主張はその余の点について触れるまでもなく失当である。

(2)  次に、取引約定四条四項による取立及び処分の権限に基づく弁済充当の主張について検討するに、もし甲野において控訴人に対する債務の履行を怠つたときは控訴人は甲野からの取立委任その他の権原に基づき占有している甲野の手形を取立又は処分することができ、この場合の取立及び処分は担保の任意処分に準じて取扱われ、控訴人はかならずしも法定の手続によることなくして取立又は処分をなし得、取立又は処分にかかる金員は法定の順序にかかわらず甲野の控訴人に対する債務に充当することができることは取引約定四条四項三項の文言上明らかであり、右文言に照らし、控訴人が取立又は処分をすることができることとなつた時以後は甲野は当然取立委任その他控訴人の手形占有権原となる行為を撤回して手形の返還を請求しないことを合意したものと解することができるから、右約定は実質的にみて債権担保の機能を営むことは否定することができない。しかしながら、取引約定そのものは結局一の債権契約であつて控訴人が約定四条四項に基づいて有する取立及び処分の権限なるものは法律上の担保権ではないと解するほかはなく、取立にかかる金員が控訴人の債権一般に包括的に弁済充当されているとみるのも実定法上相当ではない。すると、右取立にかかる金員の引渡(支払)義務は破産宣告後は一般の金銭債務と同様の取扱いを受けることとなるべく、控訴人は破産財団に対して右約定を以て対抗することができず、右約定にかかる金員を破産宣告後任意自らの債権に充当したとしてその支払を拒むことはできないものと解するのが相当である。

そうすると、右の弁済充当の主張もその余の点について触れるまでもなく失当である。

(3)  次に、当事者間に争いのない前示の事実(一1)、前認定の事実(一2及び3)と成立に争いのない甲第五号証の一、乙第一二号証の一ないし三、第一三号証の一、二、証人甲野太郎、同小寺哲男の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、

控訴人は、昭和五五年三月二二日甲野が破産の申立を受けたことから、遅くも同日には取引約定六条一項に基づいて甲野に対し控訴人が甲野の依頼を受けて割引いていた本件コーリン振出手形三通を含む約束手形の買戻請求権を取得したが、甲野が債権を履行しなかつたため同人は右約定五条一項により同月二三日右手形買戻債務の履行遅滞におち入つたこと、

控訴人は、昭和五六年二月七日に昭和五五年三月三日の甲野との間の本件各手形についての譲渡担保契約に基づく譲渡担保権の実行として取立てた手形金合計八八五万四三六九円を別紙手形買戻請求権の表示(一)記載の請求権の弁済に充当し、その旨を昭和五六年二月七日付内容証明郵便にて甲野の破産管財人である被控訴人に通知したところ、同郵便は同月九日被控訴人に到達したこと、

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2 控訴人は本件各手形についての譲渡担保権等に基づく取立金による別紙手形買戻請求権の表示(一)記載の各請求権に対する弁済充当の主張が容れられないものであるとしても、甲野の(従つてその破産管財人である被控訴人管理下の)本件各手形取立金返還請求権は相殺により消滅した旨主張するので右主張につき判断する(なお甲野と控訴人との間の昭和五五年三月三日の本件各手形についての譲渡担保契約は後に説示するとおり破産法上否認されるべきものであるので、右相殺の主張につきあらかじめ判断しておく)。 抗弁2の事実のうち控訴人が昭和五七年七月二八日の原審における第八回口頭弁論期日において被控訴人に対し本件コーリン振出手形三通を呈示したことは当裁判所に顕著であり、この事実と弁論の全趣旨とを総合すれば、控訴人は右口頭弁論期日において控訴人の甲野(従つて被控訴人)に対する本件コーリン振出手形三通の買戻請求権のうち別紙手形買戻請求権の表示(二)記載の各請求権(合計八九六万八〇三九円)を自働債権とし、甲野(従つて被控訴人)の控訴人に対する本件各手形取立金返還請求権(合計八九六万八〇三九円)を受慟債権として対当額で相殺する旨意思表示したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

3 控訴人の抗弁の3、すなわち本件建物についての本件根抵当権等設定契約当時、控訴人は他の破産債権者を害することを知らなかつた旨の主張について判断する。

前掲甲第一、第一〇号証、成立に争いのない乙第六号証の一、二、第八ないし第一一号証、証人甲野太郎の証言、同小寺哲男の証言の一部を総合すると、

コーリンは、昭和五四年四月末頃ヤマベの取締役副社長神谷三夫を会長として迎え、同年五月ごろからヤマベから資金援助を受けるなどして実質上ヤマベの管理下に営業を行つていたが、ヤマベ自体の経営が悪化してコーリンが振出した手形の決済資金の調達がヤマベにも不可能となつたことから、昭和五五年二月二八日と同月二九日とに不渡手形を出し銀行取引停止処分を受けるに至つたこと、

ヤマベはコーリンと共商とが五指に入る大口得意先であり、同年三月四日当時コーリンに五億円余、共商に四億五〇〇〇万円余の債権を有していたが、右両社が倒産したことにより連鎖倒産したこと、

控訴人は昭和五四年一一月二八日から甲野の紹介を受けてその大口取引先であつたヤマベと手形割引等の取引を始めたが、右取引開始に当つては、株式会社東京商工リサーチに依頼してヤマベの経営内容、業績等について調査させたほか、控訴人福島支店の担当者である中村がヤマベの大阪支店に赴いてヤマベの経営内容、経理状況等に関する資料を求めて調査し、右調査結果やヤマベから割引により取得した手形や、甲野からの取立委任により交付を受けた手形の関係者などにより、コーリン、ヤマベ、共商が甲野の主要取引先であることやコーリンの会長である神谷がヤマベの取締役副社長であつてコーリンがヤマベの大口得意先でその支援を受けていることを知つていたこと、

以上の事実が認められ、右認定に反する証人小寺哲男の証言の他の一部は信用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実に前に認定の事実(一3(二)(2) ないし(8) )、殊に控訴人の担当者はコーリンの倒産を知つた日の翌日(昭和五五年三月一日)甲野からヤマベ振出の金額二六〇〇万円余の手形の割引依頼に応じようとしなかつた(一3(二)(5) )ばかりか、甲野に対しコーリン振出の割引手形買戻資金の出捐のためのみであるとすれば不必要と思われる甲野所有の殆んど全部の財産ともいうべき本件各手形を含む取立委任手形や本件建物及び定期預金を担保として差し入れさせたこと(同(二)(6) )などをも併せ考えると、控訴人の担当者は甲野の右担保供与当時コーリンの倒産を知り、コーリンと密接な関係にあるヤマベの経営危機を予測し、更にコーリン、ヤマベが倒産した場合には甲野が支払不能の状態になることは必至であると考え、その場合に備えて甲野に対する他の債権者(甲野が破産となつた場合の破産債権者)に優先して控訴人の甲野に対する債権を極力回収する意図をもつて右各担保設定契約を締結したものと認めるのが相当であつて、控訴人が破産債権者を害することを知らなかつたとは到底認め得ないところである。

そうすると結局被控訴人は本件建物についての根抵当権等設定契約(及び昭和五五年三月三日の本件各手形についての譲渡担保契約)を破産法七二条一号本文に該当するものとして否認し得るものというべきである。

三  再抗弁につき判断する。

1  被控訴人は昭和五五年三月三日に控訴人と甲野との間で締結された本件各手形についての譲渡担保契約は控訴人と甲野とが通じてなした虚偽の意思表示によるものである旨主張する(再抗弁1)が、右主張事実を肯認し得る証拠はない。

2  また被控訴人は右譲渡担保契約については破産法七二条一号又は四号に該当するので否認さるべきである旨主張する(再抗弁2)ところ、前に説示したとおり(一3(二)、及び二3)の理由により、右譲渡担保契約は破産法七二条一号本文に該当するので否認さるべきものである(同条四号に該当するか否かについては判断するまでもないところである)。

3  被控訴人は、控訴人は1ないし4、6、8ないし12の各手形を甲野に対する破産宣告後に取立てて破産財団に対して不当利得の返還債務を負担するに至つたものであり、また5、7の各手形を甲野に対する破産宣告申立後に右申立のなされたことを知りながら取立て、右破産財団に対して右取立金返還債務を負担するに至つたものであるから、右各債務(破産財団にとつては債権)を受働債権とする相殺は許されない旨主張する(再抗弁3)。

そして前に認定のとおり(一2)、控訴人は甲野の破産による手形金取立委任契約の終了後に1ないし4、6、8ないし12の各手形金合計三八六万七二三九円を取立て取得したことにより破産財団に対して右金額の不当利得返還債務(破産財団にとつては債権)を負担するに至つたものであるから、破産法一〇四条一号により、これを受働債権として相殺することは許されないものというべきである。

次に、5、7の各手形取立金合計五一〇万八〇〇円については、前認定の事実関係によれば、控訴人は甲野の支払停止後で、かつ破産宣告申立後に、支払停止を知りながらこれを取立てたことが明らかであるから、控訴人の右金員の引渡義務は、破産債権者たる控訴人が支払の停止を知つて破産者甲野に対して負担した債務に当り、破産法一〇四条二号本文により、相殺をなすことが許されないものというべきである。

四  再々抗弁につき判断する。

控訴人は、本件各手形金返還債務は破産債権者が支払の停止もしくは破産の申立があつたことを知つた時より前に生じた原因に基づくものであるから、破産法一〇四条二号但書に該当しこの規定により特に相殺が許される旨主張する。しかし、本件の手形取立委任契約(取引約定)が昭和五二年一月二七日に成立したことは前認定に照らし明らかであるが、右破産法の規定にいう前の原因とは債務負担の具体的かつ直接的原因を指し破産申立前に成立した手形取立委任契約のごときものを指すのではないと解するのが相当であるから、右主張は失当である。控訴人はまた、本件の手形取立委任は前記の取引約定に基づくものであり、控訴人としては甲野に債務不履行あるときは手形取立金支払債務と控訴人の債権とを相殺できることを期待していたのであるからその信頼は保護されるべく、また手形の取立委任を撤回し得ない特約がある場合にもあたるから破産法一〇四条二号但書に該当する旨主張する。しかし、取引約定四条四項は前記のとおり実質上債権担保の作用を営むことがあるとはいえ、同条項にいう手形等は、控訴人において予め担保価値を把握し担保目的で占有を取得したものではなくして、たまたま控訴人の占有下に入るものであり、その取立処分金の返還債務と甲野に対する貸金債権、割引手形買戻請求債権とは明確な対応関係を有しないものであるから、控訴人が右条項に基づき有する相殺の期待は元来それほど大きいものではないと考えられる。これに対し、甲野の一般債権者は、右条項に基づく相殺が甲野の破産宣告後も許されるということになれば、控訴人がどれだけの金額で相殺するか、したがつて甲野の一般担保から逸出して行く財産がどれだけであるか全くその限度を図りがたいことになり、著るしく不利益な立場に置かれることになる。そうだとすれば、控訴人の前記条項による相殺の期待はこれを特別に保護するに値するものとみるのは相当でなく、控訴人の債務負担が、右条項により、控訴人が支払の停止もしくは破産の申立があつたことを知つたときより前の原因によつて生じたものとすることはできないから、控訴人の右主張も理由がない。

五  そうすると、被控訴人の本訴請求は全部理由があるから認容すべきものであり、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 今中道信 露木靖郎 斎藤光世)

別紙約束手形目録〈省略〉

別紙物件目録〈省略〉

別紙手形買戻請求権の表示(一)、(二)〈省略〉

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